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じれったい夏

ジュリエット・ラブ

内容  第1話   ノース バイブレーション

                     

 勿論、初めての札幌だった。
 季節は夏。
 一般の旅行者同様、ラーメンを食い、蟹に舌鼓を打った。
 だが観光が目的ではなかった。仕事でもない。では、なにか?それは、死に場所だ。
 北の大地で死ぬなんてロマンチックだ。なんて考えたわけではない。風が俺を誘った。北風が自然の厳しさを教えている大地。素直に俺はその源を見極めようと思ったのだ。そして、どこかで命を絶つ。
 死ぬ動機は言わないにこした事はない。いい年をした四十男が恋人に裏切られ、恋に破れたからなんて。どうせ理由付けするんなら、人生に疲れたからの方がいいな。いかにもという感じだ。疲れた顔。くたびれたスーツは俺の専売特許だ。
 俺は幸せ者だ。他人が働いている時分に北海道を満喫している。死に場所さえも選んでいる。
 函館から入り、室蘭、苫小牧、帯広、釧路、根室、知床、網走、北見、稚内、富良野、旭川、小樽、そして札幌。いくつもの山、温泉、湖、岬、平野、草原、湿地。ここは別天地だった。
 確かに、夏場だからそんなことが言えるのかもしれない。冬の厳しさも知らないで。地元民に非難されそうだ。けれども、もう夏以外に季節を知る必要もあるまい。
 札幌の街は時節柄まだまだ賑わいを失っていなかった。
 大通り公園には人が溢れ、水場では子供が無邪気に戯れている。ベンチに腰を降ろした人たちも午後の陽気を気長に過ごしている。
 デパートが通りにいくつも並んでいる。行き交う人の群れを吸い込んでは吐き出し、次から次へと人の欲望と餓えを満たそうと躍起になっている。


 第2話   二十七歳のプレリュード

                    
 人は生きて死ぬまでの間に一体どれだけの愛を育むのだろうか?
 人は一体どれだけの愛を囁くのだろうか?
 そして一生の愛とは?
 この歳になって分かったことがある。
 どんな愛の形も無に帰す時、すべては虚しいということだ。
 どんなに愛を誓い、将来を約束したとしても究極的にそれが叶わないのなら、やはり愚弄のような気がしてならない。
 逆に言えばどんな出会いからでも、どんな形をもってしてでもそれが結実、成就したのならば、それはすなわち永遠の愛の終着なのかもしれない。
 愛情はどこからは派生し、なにをもってそれを愛だと定義するのだろう?

 街に出た。
 ミツルは本当は街が嫌いだ。馬鹿が多いからだ。
 けれども今日はなんとなく靴を履いた瞬間から街に出ようと決めていた。なぜか?明日がミツルの誕生日だからだ。


 第3話   じれったい夏

                            



 遅い春が短い夏にリレーする頃、この街にもやっと活気が漲ってくる。観光客と昆布漁の関係者で町の人口も倍増する。ホテルに旅館、それに温泉街の土産物や飲食店にとっても、一年のうちで最も書き入れ時というわけだ。冬よりも夏に人が多いのは、知床の自然の美しさと厳しさを誰もがおおよそ理解しているからだ。
 この季節になると、春に燕が自分の巣に帰ってくるように、また秋に雁が同じ沼地に降り立つように、一人の女が生まれ故郷に戻ってくる。



 白樺並木をタクシーがゆっくりと走っている。小さく開けられた窓からひんやりとした瑞々しい空気が車内に流れ込んだ。
時折り、草や木立から顔を覗かせているのは鹿だ。知床は全国有数の原生林の残存地、またはこの地方でしか見られない動植物の宝庫である。
荷台やその脇にたくさん荷物を括って自転車を必死に漕いでいる若者。『日本一周』そう書かれた旗をリュックに入れて歩いている中年男性。彼らは一様に日焼けしている。それは逞しくも見え、疲れているようにも見えた。


第4話    ベイビー・スマイル

                             



 シティホテルの五十五階の部屋は灼熱の外界とは無縁の世界だ。
 ヒロシは蟻よりも小さい人間たちを強化ガラスに額を擦りつけて見ていた。オフィス街を行くどんな偉い金持ちも貧乏人もそこから見れば、みな同じだった。もっと高いところから見れば、その姿形は灰色の地面と同化してしまう。
 「唾でも吐きかけてえな」
 嵌め殺しの部厚い窓を睨み付けると、チッと舌打ちしてベットに倒れこんだ。枕元に置かれた缶ビールの残りをさっと胃に流し込むと何本目かのタバコに火を点けた。
 音ひとつしない部屋は時間の流れがひどく鈍い。それでいて無駄に過ごしていると思わないのは、それに慣れてしまったからなのだろうか。
 腕時計に眼をやり、また舌打ちすると携帯電話を握り締めた。はーっとため息を吐き、その番号をプッシュしようとした時、チャイムが鳴った。緩慢な動作で置き出すと、のろのろとドアに歩み寄った。覗き窓から標的を見据える。魚眼レンズの向こうの獲物を息を殺して採点する。
 「七十点ギリギリ」
 小さく呟くとドアノブをゆっくりと引いた。


  第5話  最後のラン・アウェイ

                             



 凍てついていた。
痛いほどの北風が頬を撫でた。だが、海沿いの町の比じゃない。
氷になった雪に足を滑らせないように慎重に歩を移した。
夏場の札幌とは完全に様相が違っている。雪祭りでもない限り、わざわざ雪景色を見に来る物好きな観光客は少ない。
 大通り公園口から地下街に降りると一息吐いた。あとは薄野のほうに向かってまっすぐ歩けばいい。足先にぐっと力を入れ、悴む手を擦り合わせてふーっと息を吹きかける。それを何度も繰り返すと、やっと落ち着いた気分になった。それでも長旅で疲れた体を癒すのは、なによりも体の芯から暖まるのが一番だ。温かい鍋か、こんがり焼けた肉。舌が焼けるのも気にせずに熱々を頬張る。因みにジンギスカン鍋は嫌い。理由?そんなもの。単に食わず嫌いなだけ。
 んーと。その空腹を満たしてくれそうな紳士はと。
 「ねえ。彼女」
 さっそく黒服からのお声がけ。見てくれはまあまあ。ホストか、スカウトか、そんなのどっちだっていい。働いたり、貢いだりなんてダサイ。て言うか、そんなことできる歳じゃない。

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