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あの夏、人魚がくれたもの

薫 エリー

内容第1話  家族湯


 オレが小六の、あの夏の日、我が家は崩壊した。
 父親が女と蒸発したのだ。ただでさえ貧乏だったのに、それでますます貧乏になった。そんな環境で育ったオレも、専門学校を出てホテルに就職した。いまではウエディングプランナーという肩書まである。しかし、苦労をかけて、オレをひとりで育ててくれた母は、もうこの世にいない。
 ところが、あの日から二十年あまり経ったある日のこと、深夜にかかってきた一本の電話によって、その父親との再会を果たすこととなる。それはまた、糖尿病を患い、ほとんど目が見えない病人を引き取ることを意味していた。さんざん悩んだ末、たまたま出くわした、同僚の鉄子こと早川逸子にそのことを話し、彼女同伴で、父親が一緒に逃げた女と暮らしているという島へ渡ることになった。
 こんなふうに最近、オレの身のまわりは急に慌ただしくなったが、ちょっとした趣味といってもいい、ひとつの楽しみがある。
 それは、家族湯だ。
 個室型のお風呂に、家族や友人、またはカップルでも入ることのできるもので、ここ熊本にはその施設が多数存在する。いまだ独身のオレの場合、それにカノジョと入るのが常だが、その数は八人いて、その関係は良好だ。いや、良好だった。
 もちろん、そんな多人数と付き合うこと自体尋常ではないことくらいわかっているが、これにはそれなりの理由があるし、そのための八人なのだからしかたない。それよりも問題は、父親の面倒を看なくてはならないということだ。同居人として、住まわせはしたが、それまでの自由気ままな生活は一変した。またこのことが、オレにいろんな災いをもたらした。
 そんななか、オレと鉄子の関係にも変化が現れた。ただのクールでスマートな、とても近寄りがたいだけの女だった彼女が、この同居人を通して、微妙に変わりはじめた。


第2話  誰かが僕を待っている


 僕はヒキコモリ。
 もうそういう生活状態になって十年がたつ。だけどなに不自由なく暮らしてる。それもそのはず僕には家族がいる。父、それに父の愛人。
 そんな父が先日死んだ。形見はでっかいカメラひとつ。見るのも触るのも勿論初めての古い古いカメラ。
 ある日、意を決して旅に出る。山の手線一周の壮大な?旅だ。
 巣鴨あたりを出発し、時計回りに線路沿いに、電車もタクシーも使わずに徒歩で!しつこいようだが徒歩で!三十キロ弱の道のりを踏破するという前人未到、抱腹絶倒の旅路なのだ。
 ちなみに僕の旅のお供は当たり前田のクラッカーでも(割愛します)草加せんべいでもなく、このアサヒペンタックスの通称ロクナナなのである。
 でかい、重い、古いの三拍子!
 はたしてこの先、僕を待つ誰かはいるのか?
 それは読者のみぞ知る。


第3話  あの夏、人魚がくれたもの


太平洋を背にし、大淀川の流れを遡るようにして羽ばたく機械仕掛けの巨大な鳥が、そのまま真っ赤な夕陽に吸い込まれるように飛んでいくかと思いきや、ゆっくりと高度を落としながら大きく左へと旋回していく。
 ぼくはその誰も気にも留めない優雅な光景にちょっとだけ目をやると、目抜き通りにある自転車専用レーンを、いつものごとく信号無視を繰り返し、何度となく人にぶつかりながらも、がむしゃらに自転車を漕いでいた。漕ぎまくっている。なにも急ぐことなんてないのに、急がなきゃならない理由なんてどこにもないのに、ぼくはやたらめったらにぶっ飛ばしていた……。筆者の自叙伝的ないし回顧録ともいえる渾身の作品。

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