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恋愛を科学する

アダム・ボーン

内容第1話   恋愛を科学する
                              


 東京タワーが見えるところに住みたい。
それが田舎ものの私にとっての夢だった。そしてそれは大学合格という、四年間もの長期にわたる遊園地のフリーパスみたいなものを得ることで、あっさり叶った。
 が、三日で飽きた。
 朝日や夕日を浴びた東京タワー。ネオンに彩られた夜の東京タワー。
ちょうど三日目までは、その風景を見てるだけで至福に満たされた。その刻々と姿を変えていく輝きは、地表にあふれ出たマグマのようだったし、深海に眠る巨大なキャンドルライトのようだったのに、いまではワインのつまみにもなりやしない。
 その真っ赤な東京のシンボルは、私の住む三十九階建てのマンションの三十七階の部屋からはなんの遮蔽物もなく、カーテンさえ開けば、昼だろうと夜だろうと、雨が降ろうが雪が降ろうが、好きでも嫌いでも、くっきりはっきり鮮やかにみえた。窓ガラスに張り付いてるんじゃないかと思えるほど間近にみえた。というか丸見えの見放題。もちろん二十四時間。



第2話  失恋レストラン

                    

 風がだいぶ涼しくなった。街を往く人の顔も心なしか淋しげだ。
 店の中は相変わらずの静けさが漂っていた。
 「お客さん今日も少ないですね」
 尚子が心配げにオーナー兼、チェフの秋葉を見上げる。
 「いいことだよ、それは」
 穏やかな表情で秋葉が頷いた。
 「いいことなのかなあ」
 カラン。コロン。店のドアが開き、一人の疲れた感じの女性が入ってきた。
 「いらっしゃいませ」
 二十歳を少し過ぎたその女性は被っていた帽子をそっとテーブルに置くと緩慢な動作で椅子に腰を下ろした。
 「いらっしゃいませ。お水をどうぞ」
 秋葉はそう言うとさりげなく葉書大のメニューを差し出した。
 「あのお・・。此処はレストランですよね?」



第3話  エレベーターガール
                             


 温調システムがほどよく利いた室内は、外の凍てつく寒さが嘘のようだ。
 十二月二十四日。クリスマスイブ。
 家族の、そして恋人たちの年一回の素敵な夜は過ぎていく。
 因みに今日は、鳥居京子の二十七歳の誕生日の日でもあった。同い年の刈谷芳樹というボーイフレンドと通算五回目のクリスマスイブを祝っていた。たった今まで・・・・・。
 時刻は、夜十一時。イブの真っ只中だ。
 芳樹はたまたま年一回の夜勤だった。年越し前の大掃除を独身組みが二十四日の夜からやるのが通例になっているのだ。それにどんな意味があるのかは知らない。早く身を固めろということだろうなあと芳樹は言いながら、いそいそと出かけていった。まだ男同士で夜の街を徘徊するのが楽しいのかもしれない。とはいっても五年連続だから洒落にもならない。



第4話  トゥモロー・ウーマン
                          

 車はスムーズに南下している。
 車内では一時間ほど前から演歌が延々と垂れ流しになっている。ボリュームはほぼいっぱいだ。
 外の景色はちょうど初夏。道往く娘っ子も野郎共も揃って薄着だ。が、その顔には一様に疲れが見て取れる。それもその筈。
この時期にしては記録的な猛暑がここ最近続いていた。うんざりするような湿った空気は梅雨が明けてもそのまま居付き、陽射しだけが急激な勢いで強さを増していった。
クーラーがないと夜は眠れない。というより死んでしまいそうだ。現に睡眠不足による作業中の事故、交通事故が何件も起きているというから、これは一種の社会問題だ。笑いが止まらないのは家電メーカーぐらい。
窓はフルスモークでガンガンにクーラーが効いているのはいいが、この演歌馬鹿からマイクを奪い取らない限り、快適な空間とはいえないだろう。



第5話  ガール☆ハンター
                             

 「ういっす。マリ!」
 バカが叫んだ。「ちょっと。誰ねえ。あん人」と横にいた女は嫉妬する。
 小脇にちょっと大き目の箱を抱えている。きっとその女へのプレゼントだ。
 当然、わたしはシカトする。あんなのが弟だと知れるだけで汚らわしい。また、挨拶せんで、よかとお?などと近寄ってこられても、バカと嫉妬が移りそうで嫌だ。
 弟、ショウは十二歳。その年で、すでに初体験済みだ。つまり、エッチしたことがある。というと爽やかに聞こえてしまいそうで癪だから、ヤリ捲くっているといっておこう。あー。いやだ。わたしの口からこんな下品な言葉が。しかも、いろんな子とだよ。そうなの。彼はその年にしてチョーがつく遊び人なんだなあ。



第6話 マダム☆キラー
                             


 こんばんワイン。
 なーんて冗談飛ばして場合じゃないか。
 わたしの名は、マリ。
両親とも血の繋がりはない。実母が死んで義母に変わり、実父が死んで義父に変わっただけのことなんだけどさ。義母は三十八歳、塾講師。義父は六十歳、大学教授。わたしたちとの関係はまあまあ良好。まっ、義父のほうはただの同居人としか思ってないんだけどね。それよりも聞いてほしいことがあるの。
年子の弟、ショウ。
こいつが手の付けようのないバカ。もうとにかく無類の女好きなんだなこれが。
友達と会うというのは彼にとって女とデートすることで、出かけて来るというのが街でナンパすること。極めつけは、ちょっと遅くなるというのがエッチしてくるという隠語なのだ。なぜか、彼はそれを実の姉であるわたしにだけ教えてくれた。



第7話  捨てる神あれば拾う女神あり
                          

 「古くったって、ガタがきてたってベンツはベンツだ」
 誰かがそう言ってた。別に俺にはどうだっていいことだった。ベンツだろうが、ロールスロイスだろうが、キャデラックだろうが、その時までの俺には何の関係もなかった。
 俺がこの車を手にしたのは成り行きみたいなものだった。ある種の男と女の関係に似ている。が、この際、それはどうでもいい。
 先月、女にふられた。どうって事のない女だ。でも、死ぬほど惚れてた。だから、俺は死を考えた。生きていくことがつらかった。人間生きて死ぬまでに一回でもいいから命がけの恋をしたいとか言う人がいるが、それはやめた方がいい。なぜなら、その恋に敗れれば、あとに待つのは死だけだからだ。死のうと考えるのが悪いことだとは思はない。それを実際にやるかどうかだ。やはり、死んでしまってはどうしようもないし、馬鹿でも、貧乏でも生きてさえ入れば「いつか俺は」と思うことができるからだ。なんだか勝手な意見ではあるが、まさにそうなのである。そうは思いながらも、おれは既に死の魔力にとりつかれていた。



第8話  時価総額ゼロ


 街が目覚めようとしていた。
さあ、仕事はこれで終わり。これからは遊びの時間だ。大人のね。さて、ここで選択肢はたったのふたつ。ひとつはとっとと家に帰って寝る。まあ、疲れたんならしょうがないよな。そしてもうひとつはだ。いい店があるんだけどさ。ちょっと寄っていきなよ。腹も心も満たして、ついでに女房に手土産なんか持って帰ったらどうだい。なっ。絶対に損はさせないからさ。
六時を過ぎたあたり。この時間、九州一の歓楽街ここ中州には、そういう気合いとも甘い誘惑ともとつかないオーラが漂いだす。
豚骨ラーメンの香ばしい匂い。客引きたちの威勢のいい呼び声。あわただしく店に飛びこむ派手なのか地味なのかわからないホステス。あちこちに好奇と欲望の視線を飛ばす観光客と思しき団体。顔には疲れを、背中には哀愁を貼りつけた、仕事帰りのノーネクタイのサラリーマン。そして那珂川の両岸に鈍く光る五色のネオンが、ラーメン屋台に行列をなした幸せそうなカップルや家族連れの横顔を鮮やかに照らし出す。
そんな彼らを横目に、いくらかぼーっとしたぼくは、中州に背を向け、心地よい体の疲れと空腹を感じながら、春吉橋をひっきりなしに行きかう人や自転車の波にいまだにうまく乗れず、遠慮しながら端っこのほうを天神方面へととぼとぼと歩いていた。川を渡ってくる、いやに乾いた、まだまだひんやりとした三月の風が、ぼくの首筋にうっすらと浮き出た汗を無遠慮にさらっていった。

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