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Clock one

中村広二

内容 情報ネットワーク〈クロックワン〉が発振する周波数によって、ネットワーク上の機器の超微細マイクロチップを同期的に動かし、時系列上に理路整然と全ての事実を記録する近未来。クロックワンは、高度に円滑なコミュニケーションを実現したため、人類の永遠のテーマであった政治意思決定の齟齬を画期的なシステムで解決した。
 暮上・サンダー・亜勇は、民間軍事会社を先週末退役した。この国には政府がないため国家を防衛するのは職業軍人が務める民間軍事企業群である。五百数社以上の軍事企業が、近隣する敵国家から国益を守っている。暮上は、幾つもの紛争を潜り抜け、国内の警備へ異動を上申した。しかし、国に帰ると配属されたのはシステム運営団体ClockOneだった。闘争心に溢れてた彼は、事務屋の仕事に落胆したが任務を受け入れるようになった。
 時を待たず、クロックワンの調査員となった暮上に、時間の連続性の空白を埋める任務が課された。調査用のバックアップルームに入り、ネットワーク潜入専用機器を装着し、早速対象の近辺調査を開始する。クロックワンに潜ると、バーチャルリアリティーの広大で純白な空間が、体全体を包みこんでゆく。あらゆる角度から細く長く乳白の糸が無限大に紡いでゆく、まるで純白の空間を波打つように、大きな平面が鼓動し、暮上のボディを通り過ぎる。調査対象の個別認証番号と名前をクロックワンに心に念じ伝える。するとクロックワンはアウトプットを目前に表示した。純白の擬似空間の一角に、黒く凝り固まった糸の塊を映しだした。その黒く縺れた黒糸の塊は、明らかにニュートラルではない状態だ。黒糸の塊の近くまで立ち寄り、塊が崩れないように両手で掬う。調査対象者の姿が脳裏に映し出される。
「人気女性アイドル 有帆・・・ゆうさ・・」
と呟く。
 彼女のイメージ映像と個人情報が、流れ星が宇宙を瞬き落ちてゆくように頭の中にインプットされてゆく。
 
 有帆は、国内で活躍する人気アイドルである。彼女の3D立体ホログラムは、一日で一万ダウンロードされるほどファンが多い。俗に言う売れっ子なのだ。今日もネットテレビで抜け目なくそのキャラクターを表現し売り出している。ネットでの瞬発的な人気に一喜一憂している。ひとつの危うい言動、ひとつの不用意な行動がネット社会から永久追放となる。かなり厳しい業界に身を置きアイドル業を全うしているのだ。彼女は最近悩みを抱えていた。毎日こなしている仕事ではない。勿論恋愛を含む私生活も順調だ。職場仲間や関係する取引先とも全く良好である。悩みとはモヤモヤしたもので気持ちの整理がつかないでいる。ひとりスタジオで佇んでいると、彼女のビジネスパトナーであるマネージャーが声をかける。
「お疲れ~。アレどうしたの?」
「あのさ。引退しようと思うんだ。。。」
「・・・」

 銀行員 中藤毅は、デスクの上の書類を片手で掴みとり、パラパラと流し読みをした。時間の空白のリスクを生み出し、巨額の利益をフイにした調査対象者のファイルを、眼鏡の奥の鋭い瞳で読み解いている。ファイルからデータを読み取り、パソコンの専用ソフトにデータを打ち込み解析をしてみる。そして椅子を深くかけ直し天井を仰ぐ。心持ち口元に気味の悪い微笑を浮かべる。
「おもしろいじゃないか。」
小声で、自らにハッパをかけ席をたった。スーツの上着を颯爽と羽織り、ネクタイを締め直す。長い一日になりそうだ。『アイドル 有帆』というタイトルが背表紙についたファイルをカバンに詰め、扉を開き出て行った。

 羽田国際空港。午後14時。ビーは飛び立とうとする乗客で混混み合っている。人の流れは、渦巻くように絶え間なく続いている。
人ごみの中で国内では使用されない周波数の無線が飛び交う。
”HHT01目標捕捉中”
”チッ。了解・そのまま追跡せよ。次の無線は010のち。”
”了解。引き続き目標を追跡する。”
 彼らの視線の先には、有帆とマネージャーがいる。コンサートのためにアメリカに向かうようだ。
 同時刻、銀行員中藤が、彼女達を尾行している。その5人の上空5メートル位を、小さな探偵虫が空中をゆわりふわりと追う。探偵虫のCCDカメラの奥には、暮上が接続するクロックワンの無限のネットワークが5人の行動を監視している。

 暮上は苛立っていた。バーチャルリアリティーの世界で手に掴む黒く絡み合う糸を読み解けば読み解くほど、彼の経験では承服できないエビデンスばかり出てきて、クロックワンをニュートラルに直せないからだった。このミッションに、時間が掛かりすぎているという焦りも、苛立つ要因だ。このままでは、クロックワンの時間の流れに大きな空白を開けてしまう。つまりは任務の失敗を意味するのだ。暮上の誇り高き軍人魂は、失敗という文字がどうしても許せなかった。この意固地な魂は、黒く絡まる張本人のアイドル有帆のこれまでの生き方そのものとリンクして、自身の慙愧の念のように思えてならなかった。有帆と自分の自己が擬似空間の中で拮抗し、時には膠着し、または反発しあう。暮上は有帆の絡まった人生を、タイムアップする時限のなかで読み解き続けた。彼女の幼少時代や、家族、学生時代が反復して再生する。そしてアイドルとしての仕事の数々を読みとく。アイドルの仕事は、彼の想像を絶する以上に厳しいものだった。様々な映像が、黒い糸を読み解くたびに脳裏を横切ってゆく。それらを、クロックワンの正しい場所に解し並び直すのだが、別の結びが現れ、また解し並び直すことを繰り返している。有帆のアイデンティティを理解出来ないのだ。疑似体験の中の彼女の一面と対話を繰り返すが、首尾一貫しない。彼女の言動が理解出来ない。時間は一刻一刻と刻まれてゆき、タイムアップ寸前であった。このままだと銀行に時間のロスの現場を押さえられ、多額の請求書が、所属するシステム運営団体ClockOneに送付されてしまう。任務を失敗したときは、団体に大きな損害を与えてしまうのだ。
 必死になる暮上は、この人気アイドルの黒い糸を読み解く中で、ミッションの失敗以上の危機が、有帆に迫っているのを察知してしまった。海外の特殊軍部隊が、彼女に攻撃を加えようとしているのだ。その理由を解明すべく乗り込もうとするのだが・・・。不確実な世界を容認する社会の中、暮上はどのような行動にでるのだろうか。アイドルの有帆は、果たして海外の特殊軍部隊に拉致られてしまうのか。銀行員の中藤毅は結果、有帆の時間のロスの現場を押さえるのか。
                       本編に続く

出版中村 広二

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